産業・労働の分野では、少子高齢化による労働力人口の減少に加え新型コロナウイルス感染症の影響で、働き方の多様化が加速的に進み、地域や業種、企業規模によって状況は異なるものの、全体としては在宅勤務・テレワークをしている従業員が増え、新しい働き方の一定の定着が見られる。
今後もコロナ禍の以前に働き方に戻らずに、全員出社を前提としないオフィスに変更する企業、出社と在宅を組み合わせたハイブリット型や、週休3日の勤務スタイルも選択できる企業の出現など、就業場所や拘束時間などの柔軟性も高まっている。このような環境変化の中で、従業員側は在宅勤務中心での通勤時間減少による睡眠習慣の改善や、プライベートの時間の利活用など、プラス面の適応がみられている一方で、物理的・人的資源の不足や、アクセスの制限によるメンタルへルスの悪化といったマイナス面の影響(例:入社年次が短い若年層)もみられるなど、適応に差が生じている。
多様な働き方が定着することは、時間や場所などの自由度が高まる一方で、従業員には、より自律的に仕事を進め、心身の健康を保つセルフコントロール力が求められている。また企業は多様なニーズを持つ従業員をどのように束ね、ワーク・エンゲイジメントや生産性を高く働ける環境を整えていくのかという新たな課題が生じている。
働き方やライフスタイルの変化など適応が必要な場面において、公認心理師は、心理職の強みの一つであるストレスマネジメントの知識提供や個別事例に対する相談対応で貢献できる。ストレスとの付き合い方を身に着けることは、新たな環境変化への適応でも応用可能であり、不安や緊張を伴うような状況においても適応を支えることができる。また、従業員個人のストレス対策だけでなく、集団のストレス状態の分析などを通して、組織の職場環境面の改善にも貢献ができる。
仕事との両立の難しさを感じやすい病気・育児・介護など、仕事に影響を与えるプライベートな要因についても、公認心理師は、従業員個人の決断に寄り添い、必要な資源につなげる専門的な支援と、企業・組織が対応可能な配慮についての検討支援を通じて従業員が離職や不調による休職に至らずに働き続けるための貢献ができる。また他領域の専門家との円滑な連携においても心理職の強みを活かした支援ができる。
公認心理師は、従業員の心身の安全と健康をターゲットとするリスク管理の観点でのメンタルへルス対策だけでなく、モチベーションやワーク・エンゲイジメント向上へも貢献できる。従業員個人には、やりがいや働き方、今後のキャリアについて、立ち止まり、振り返り、自分で選択していくといったようなプロセス支援を通じてモチベーションを支え、企業にはワーク・エンゲイジメント向上施策についての検討と実施などの支援で貢献ができる。
出社を前提としない働き方を選択している企業のメンタルへルス対策などでは、必ずしも集合研修などではなく、時間や場所を選ばない自由度の高いデジタルツールなどを使った情報提供が求められている。公認心理師は、アクセスがしやすく良質なエビデンスのあるメンタルへルスサービスの効果検証や利活用のしやすさの評価などの情報提供においても貢献できる。
様々な課題への貢献が求められているものの、本領域で働く心理職は、1割未満と少数派であり、未経験から就業して経験を重ねることができる環境が乏しく、本領域で働きたい心理職の育成が進んでいるとは言えない。したがって、当会は、コンピテンスリストに基づく研修などを通じて、本領域で働きたい心理職の育成と同時に、活躍できる職域を広げていきたい。
本領域に携わる産業保健スタッフや人事労務担当者などとの多職種連携において、心理職の貢献ができることが認識されず、心理職の役割や位置づけが曖昧なケースがある。また、企業や組織のニーズによって求められる活動の範囲が異なるため、活動が一律ではなく定型化しづらい現状もある。そこで、当会は、実際の心理職の活用事例の紹介などを通じて、本領域で心理職が活用できる場面の啓蒙活動についても、行っていきたい。
一般に、企業における従業員支援では、多様な個人ニーズにこたえることが従業員のワーク・エンゲイジメントや生産性向上などにどのような影響をもたらすのかといった効果検証の視点が不可欠である。このため、当会は、個人と組織の両側面から支援に対する効果検証や相談対応が出来る本領域の心理職に、従業員個人も企業・組織へもスムーズにアクセスできる環境を整えていきたい。
従業員が気軽に相談しやすく、クオリティを担保したサービスについて、中立的な評価に基づく情報提供も検討していきたい。
本領域において公認心理師の活動が法令に明記されているストレスチェック制度においても、位置づけが他の専門職と同じで、メンタルヘルスの強みを持つ公認心理師の専門性を活かしきれていない。ストレスマネジメントなどに強みを持つ心理職の活用を積極的に行うことによって、定着したストレスチェック制度をさらに効果的に推進していくことにつながると考えられる。また集団分析のデータに基づく支援などでも、活用を明文化することによって専門性の活用に大きな力になると考えられる。また、今後さらに求められるであろう、メンタル不調の従業員だけでなく、全ての従業員を対象にプラスの方にさらに高める支援(例:コーチング・リーダーシップトレーニングなどの人材開発支援)は、従来の文脈とは異なるため、メンタルヘルスの専門性を持った新たな担い手が必要である。そこで、多様なニーズへの心理職の活用の啓蒙に力を貸していただきたい。
オンラインでのデジタルの様々なサービスを安心して使える環境を整えるために、厚生労働省のデジタルメンタルヘルス承認のパートナー組織と位置づけていただくことや中立的な立場での評価サイトの立ち上げ運営にかかる行政からの補助支援などを求めたい。