公認心理師の会

福祉・障害部会の課題・活動方針

福祉分野の課題と当会の活動方針

a.国民の心の健康において、今、どんなことが問題になっているか

福祉分野には、児童福祉、障害者福祉、高齢者福祉などが含まれている。

児童虐待

全国の児童相談所による児童虐待相談対応件数は年々増え、令和2年度には20万5044件で過去最多であった。虐待を理由とした一時保護ののち、約20%の子どもは児童福祉施設に入所することになる。児童福祉施設には児童養護施設と児童心理治療施設などがあり、虐待を受けた子どもたちが生活をしている。そこでは、地域の学校や施設に併設された学校に通いながら子どもたちは暮らしており、心理職のほか多職種が連携し、子どもたちを支えている。

障害のある人のメンタルヘルスケアと発達保障

障害のある人のメンタルヘルスケアについては、未だどのように整備したら良いのか国内で定まっていない状況である。例えば、知的障害のある人はメンタルヘルスの不調が一般に人と比べて多く発生することがわかっている。また、自閉スペクトラム症の人たちの強度行動障害は社会問題にもなっており、障害のある子どもたちの専門的な療育の充実や家庭への支援が必要となっている。

障害者就労

障害のある人の労働可能人口は377万人で、実際に働いている人はその14%という状況にある。この問題に対して、障害者総合支援法に基づく就労移行支援事業などのほか、障害者職業センターによる職業リハビリテーション、障害者就業・生活支援センターによる就労と生活の一体的な支援などの就労支援サービスが利用されているが、いずれにおいても精神障害や発達障害のある人の利用が増えている。

高齢者福祉

長寿高齢化により2025年には、高齢者の約5人に1人が認知症を患っていると推計されている。認知症の人のケアは医療分野だけでなく、福祉分野においても重要なテーマとなっている。また、認知症の人の介護家族は「第二の患者」とも呼ばれるほど、日々の介護の中でストレスを感じており、介護家族の約3人に1人が臨床的な抑うつ症状・不安症状を経験しているとの報告もある。このようなことから、認知症基本法においても認知症の人と介護家族の双方への支援の充実が謳われている。一方で、高齢者福祉分野では公認心理師の活用が十分に進んでいるとは言い難い状況にある。

b.これらの問題に対して、国家資格である公認心理師はどのように貢献できるか

公認心理師に求められる役割は、当事者への心理的な対応だけでなく、福祉施設、医療施設、学校など関連する支援者への対応も含まれる。

障害のある人のメンタルヘルスケア

障害のある人が心理支援を受けやすくなるよう心理職や国民への啓蒙活動を実施し、心理職には障害のある人への心理支援を実施するための理念や技法、配慮事項について情報提供や研修を行う。

児童虐待における心理支援

児童養護施設等における心理職は、「被虐待児への専門的な治療」と「人手不足への手当」という2つの求めに応じて配置されてきた経緯がある。その役割は、養育の1番の担い手であるケアワーカーをチームの一員としてサポートすることにある。そのために、公認心理師は、子どもや施設の集団および関連機関からの情報の的確なアセスメント、心理療法、家族支援を実践する。

発達障害児の早期療育

発達障害児には、社会性や発達的観点を重視した療育プログラムの重要性が指摘されてきた。さらに、保護者の療育への適切な関わりを支援することや、応用行動分析に基づく集中性をもった個別介入を行うことも重要であり、公認心理師が貢献できる。

障害者就労

障害のある人の就労支援については、個と環境の相互作用として生じた「働く障害」となる行動問題を改善し、さらに再発予防に向けた環境の調整や合理的配慮事項の検討を行うことが公認心理師に期待される。

高齢者福祉

認知症の人への心理支援については、回想法や現実見当識訓練、認知活性化療法等の心理支援の有効性が認められており、これらの心理支援は医療機関だけでなく高齢者施設等においても行われている。また、介護者にとって負担が大きい認知症の行動・心理症状(BPSD)には、認知行動療法の1つである応用行動分析に基づいたケアの有効性が広く示されている。認知機能のアセスメントは公認心理師の専門分野の1つでもあり、医療機関だけでなく高齢者施設においてもニーズがある。介護家族への支援については、認知行動療法等に基づいた心理支援の有効性が諸外国において示されており、わが国においてもその有効性を示す知見が蓄積しつつある。この他、高齢者虐待の発生要因に含まれる高齢者施設の従業員のストレスへの対応(ストレスマネジメント)についても、公認心理師の貢献が期待できる。

c.公認心理師の会として、どのように国民に貢献したいか

当会は、個人と環境の相互作用を適切に見立て、エビデンスに基づくアプローチを選択し、公認心理師のスキルを用いて介入していくことを重視している。

児童虐待における心理支援

児童虐待に対して公認心理師がその役割を果たすためには、大学院等で学んだ基礎を「個々の施設における文化や風土」に合わせて応用していくこと、「今いる子どもたちにとりあえずできることはなんだろうか」と考え行動する視点が大切となる。当会では、現場において適切なケアができる心理職を育てるための研修機会の提供や情報提供を行っている。

知的障害のメンタルヘルスケア

知的障害を持つ方のメンタルヘルスケアに関して、当会は研修機会の提供を行っている。テーマとしては、知的障害のある人のメンタルヘルスのアセスメント、ライフステージにおける心理的課題、障害の程度に応じた支援のあり方、二次障害や併存症の理解と対応、保護者への関わり方といったことが挙げられる。今後も、研修機会の提供を継続したい。

発達障害児の早期療育

当会は、発達障害児に対する応用行動分析の理論に基づいた実践的な療育技術や保護者支援、子どもの特性に合わせた課題構成の実際について学ぶ研修会等を開催し、スキルアップの機会を提供するほか、科学的根拠に基づく評価や支援に関する様々な発信を行い、効果的な早期療育モデルの全国実装を推進している。

障害者就労

障害のある方の就労支援について、当会では、有効性が期待される応用行動分析や認知・行動療法などの科学的心理学に基づく就労支援の研修機会を提供し、スキルアップの支援を行っている。

高齢者福祉

高齢者の中でも特に認知症の人とその介護家族への心理支援について、エビデンスに基づいたニーズのアセスメント方法および心理支援の具体的方法に関する研修機会を提供し、スキルアップの支援を行っている。

公認心理師の育成とネットワークづくり

以上に挙げた問題に加えて、ひきこもり、インクルーシブ教育などにも対応してきた。

今後も幅広い課題に対応するには、公認心理師の育成とネットワークづくりが課題となる。また、福祉・障害領域において公認心理師に求められるコンピテンスを明らかにし、系統的な教育システム作りも課題となる。当会では、年2回の研修会、拡大部会ミーティングを地道に開催し、会員の資質向上に努めたい。また、年次総会におけるシンポジウムでは、社会問題に対して何が課題なのか、公認心理師がどのように貢献できるのかを何を示す機会を提供し、国民の心の健康の維持向上に向けて啓発活動にも努めていく。各方面からの支援や叱咤激励を頂きながら、活動を続けていきたいと考えている。

d.問題の解決に向けて、政治や行政にお願いしたいこと

子どもデータベースの構想について-子どもを中心とした制度設計を-

これまで、管轄する省庁の違いにより分断されてきた子ども支援を、連続的に行えるように改革して頂きたい。例えば、発達障害は、生涯にわたり長期的な情報の引継ぎや支援が必要となってくることが多い。これまでは、未就学は保健や福祉、学齢期は教育、就労は福祉・・・などと各ライフステージでの分断があり、保護者への負担が大きい、支援情報の引継ぎ等が適切かつ十分になされないなどの課題があった。発達障害は、虐待や不登校、ひきこもりといった様々な社会課題の背景にひそむ要因でもあり、子どもデータベースの構築においては、「学習」「障害」という小さい単位で分断するのではなく、「子ども」を中心とした制度設計を行って頂きたい。それにより、経済困窮や心身の障がいなどの多様な困難を抱える子どもや家庭を、早期に発見し、アウトリーチやプッシュ型の支援が行えるようにしいくことで、公認心理師によるアプローチも、対処型から予防型に移行していくことが出来ると考える。

障害のある人がメンタルヘルスケアを受けるためのアクセシビリティの向上を

現在の医療や心理、教育、福祉の場面では、本人がメンタルヘルスケアを受ける上で、アクセシビリティに障壁がある。そのため、メンタルヘルスのニーズがあるにもかかわらず、ケアを受けられない、もしくはケアが合っていない場合がある。それぞれの障害のある人にあったメンタルヘルスケアのあり方を検討し、全国的に広げることが国民の健康に寄与することになる。

障害児通所支援の在り方について-科学的根拠を重視した政策決定を-

障害児支援の制度においては、施設基準や資格人材の配置、時間区分といった外形的な要素が評価対象になっており、エビデンスに基づく効果的な発達支援の提供という実質的な要素の評価をどう行っていくかが課題である。例えば、発達障害(神経発達症)の1つである自閉スペクトラム症の早期支援においては、言語や社会性の発達、行動問題の軽減等に、応用行動分析学に基づいた早期の個別介入が有効であることが、国内外の研究によって示されてきた。早期の個別介入は発達を促進し、国が重点的に取り組む成人期の強度行動障害の予防にもつながる。しかし、令和6年度報酬改定での時間区分導入によりエビデンスに基づく個別介入(短時間区分)を行う障壁は向上してしまった。科学的根拠を政策決定に反映し、効果的な支援が生き残っていくような制度設計を行っていただきたい。

また、個々の対象者への支援計画は定期的な「評価」で効果を確認し、改善を続けなければならないが、現場では十分に評価が行われていない。公認心理師の【評価】の専門性を活かし、評価への加算等を検討して頂きたい。

高齢者福祉に関する制度における公認心理師の位置づけの明確化および活用促進

これまでのところ高齢者福祉に関わる施設(地域包括支援センター等)や介護に関する資格(介護支援専門員等)において、公認心理師は配置や資格取得の対象になっていない。また、認知症初期集中支援チームにおいても、公認心理師の配置は必須とされていない。認知症の人および介護家族への心理支援だけでなく、高齢者施設の従業員のストレスマネジメント等においても公認心理師は貢献が期待できる一方で、その専門性を十分に発揮するためには高齢者福祉に関する制度の中で公認心理師の位置づけを明確にすることが不可欠である。公認心理師の地域包括支援センターの配置職種への追加、介護支援専門員の実務経験の有資格者への追加、および認知症初期集中支援チームへの必置を引き続き要望する。